時の流れがだんだんと早くなっている実感があります。平均寿命が延びている一方で、40代で亡くなる方もいれば、60代で亡くなる方もいます。私自身の家族も早く亡くしまして、亡くなった年齢に徐々に近づきつつある自分がいて、仮にその年齢で寿命が尽きるとすると、私自身の残された時間は相当に短くなります。

また、年齢と共に引き起こされる可能性の高い「脳の萎縮」が、ある意味「現役であることの終了」であるとするならば、現役である期間もまた短いかもしれません。

「現役であること」と「現役でないこと」の人生の価値は、他人が比較できるものではありません。ただ、私自身が「現役」であるがゆえに、「現役であるからこそやれること」、「現役であるからこそやりたいこと」という「人生の目標」がありすぎて、時間が足りない気もするのです。

その短い時間の中で、常に考えていることは、「どう生きるのか」ということです。私の中で「素敵に」生きるとは、「生きている実感」があることではないかと思っています。具体的には、時を刻むと共に、自分がまたは自分の周りが「良い方向へ変化すること」を感じることでしょうか。

「良い方向」の「良い」にも、人それぞれの考え方があるかと思います。それぞれの「良い」状態に向かって、人生を歩めば、人生の終盤になった時に「後悔」はないのではないかと思っています。

私の理想は、生涯現役であり続け、現役のまま死ぬことです。

生きている実感を持つには?
貴重な時の流れを感じるには?
人生をより楽しくするには?
心の平穏を実現するには?

様々な課題が常に降りかかっています。降りかかっているというよりも、私自身の周りに、私自身とともにプカプカ浮かぶ風船とかシャボン玉のように並存しているというイメージかもしれません。時間があれば考えてしまいますし、出会いの成功や失敗のご連絡をいただく度に、考えてしまいます。

ある意味人は多様であるし、ある意味人は共通しています。多様な価値観を認めることの重要性、そして認めないことの重要性など見方や生き方によって様々に変わります。下品な人とはやはり付き合いたくはない。人の行動パターンという共通項の中に、「人生に成功するであろう」と思えるような要素も多々あります。何が大事で何が大事ではないのか、その人の人生のステージによって変わってくるものでもあります。時間を無駄にすることによる心の平穏という効果もありますし、無駄にしないことによる充実感という効果もあります。ですので、一概に何が正しいのかというのは、他人からは評価できないものです。

バランスが最も大事とも言えますが、やはり「成功した」とか「充実している」、「幸せである」という心のプラスの要素を生じさせる根本的な核といいますか「芯」といいますか「中心」といいますか、それは、「愛」だと確信しています。

「愛」からは、「思いやり」や「信頼」という、人間関係にとっても社会にとっても大切な「態様」が生まれてきます。それに基づいて、信頼の輪を広げ交友関係を広げた時に、「楽しい」、「充実している」などの感情が生じると思います。

そして、並行して持つべきコアな能力は「知性」かもしれません。「知性」によって、「思いやり」を表現する方法がわかりますし、「信頼」関係を構築する方法がわかります。

そして、もう一つ大事なものは、「行動する力」だと思います。いや、「行動」を実際に起こす要因は「勇気」ですね。そして、もう一つ、「どうありたいか」という「希望」や「夢」や「目標」なのかもしれません。

「愛」+「知性」+「勇気」+「希望」

ちょっとした希望とそれを達成するために必要な行動をするための勇気。そこにある「愛」とその「愛」を具体的に表現する「知性」。そういったことが、「生きていることを実感」することに繋がるのかもしれません。