SM行為の中でも、特に緊縛というのは、擬似的な鎧というようなイメージでもあります。強制的に自身の心と向き合うしかないという状態におかれるようなイメージでしょうか。それでいて、様々な刺激を受けながら、心や身体を解放するという不思議な行為でもあります。

他人に嫌われるのは嫌だ。
常に笑顔で優しくいなければ。
我儘を言ってはいけない。
相手を困らせてはいけない。

そういった教育を受けてしまうことは、この社会では多々あるのですが、その心理的な負担は計り知れないものがります。それが極端になると、人生を自分のものに出来ない気がします。天秤をイメージすると良いのかもしれませんが、全てはバランスで成り立っています。極端なものは受け入れられないように、心はバランスを求め、バランスされることによってストレスを無くす作用があると思っています。

他人に嫌われてもよい。ある程度は。
別に笑顔でいなくても良い。ある程度は。
我がままをいってもよい。ある程度は。
相手を困らせてもより。仕方ないときには。

などというように、バランスを取ると生きやすいのではないでしょうか。

では、そのバランスの軸はどこに持ってくるのかが課題となります。そこがわからないと、ついバランスを崩して心理的な負担、いわばストレスを感じたり、社会生活がうまくいかなかったりします。

軸を知るためには、自分を理解する必要があります。

私はよく怒っています。メールでも何でもそうですが、受け入れられない事のラインがかなり明確だからなのかもしれません。そのラインが先に書いた軸だと思っています。

軸を知るために、自分を理解する。自分を理解するためには、自分の心に向き合う。心に向き合って、自分にとっての幸せとはどういう状態なのかをイメージしてみる。幸せを見つけるには、過去の自分とも向き合わなければなりません。過去を理解してこそ、最適な未来をイメージできると思っています。そのイメージが具体的になればなるほど、良いですよね。あとは、その幸せのイメージを実現するために、人生を進むだけです。

そして、その幸せの実現に邪魔な人や邪念をできるだけ廃除して消していく作業にうつります。幸せの実現に邪魔になるような人にはきちんと怒って、自分にあわせさせるか自分から離れてもらう必要があります。

でも、怒ると不安になりますよね。嫌われるんじゃないかとか。だけど、人生の邪魔をする人に嫌われても、なんら自分の人生に影響はありません。そういう不安になった時に、何かの柱があるといいですよね。それがパートナーだったり、私たちのような会だったり。