本日24歳のM女性とある郊外の駅にて食事会をしておりました。可愛い女性です。まだ、某技能を学んでおられる学生でもあります。

20代の女性とお話する価値も多々ある中で、やはり自分自身に跳ね返って人生の修正もしくは確信に近い何かを得ることができると思っています。

今回はあらためて人生の成功パターンについてある種、再度の気づきがありました。

成功というのは、金銭的でもあるし、個人によって様々なポイントがあると思います。私の場合には金銭的でもあるし、精神的な安定でもあるし、家族であるし、緊縛でもあります。それぞれ、密接に繋がっているものかもしれません。

成功に行き着く道は、「こころざし」にほかなりません。志とともに、具体的なアクション、そして具体的な成果を伴うもの、それぞれが成功への道へ、できる限りストレートにいくのかどうか、いつも判断しています。

より近道をするために、情報を収集し、逆に情報を遮断し、アンテナを張り、逆にアンテナを閉じる。過去の自分の経験や、さらに歴史を学び、現在を面白く生き、未来を見ていく。なんかアインシュタインの言葉みたいだけど、まさにその通りで、それが、ストレートに無駄なく成功に繋がるのであれば、なにより。

だけど、やはり、無駄にフォーカスしてしまいがちなのが、正直いって20代。しかしそれも必然であって、何よりも人生において経験が不足しているも、仮に私がメンターであって人生のディレクターであるならば、それは「無駄」というべきものの、やはり私の若い時期にもそうでありましたが、「人それぞれ」の「価値観」とかで片付けられてしまいがち。

正直いって、「人それぞれ」とか「価値観」とかに迷わされてしまうほど無駄はないです。確かに多元的で多様な価値観を認めることは必要だけれども、「成功」を目的とする場合には、「無駄」ばかりだし、その「多様な価値観」によって成功への道がかなり遠ざかる人も多々いる現状を見ると、なんとも嘆かわしい。

「そこにいるだけでいい」という人生の価値観があるとするならば、私は拒否。なんのための志なのか、再度認識する必要があって、「その場だけの快楽」等はいらないし、先にある「精神的な安定」とそれに関連する「金銭的充足」であるとか様々なものを志の先に認識すべき。

成功パターンの志からなぜあえて遠ざかるのか、過去の人々が繰り返した過ちをなぜ繰り返すのか・・私がメンターになりたいが、

そもそも、「多様な価値観」を言い訳として、自身の存在の意義を認識するレベルであるならば、それは、「こころざし」でも何でもなく、「ただそこにいるだけ」に等しい。

と、酔っぱらいながらこのコラムを書きました。

Kより。

>>体験調教等のページはこちら・・・

  • S女性(女王様)会員募集はこちら
  • M女性会員募集はこちら
  • S男性会員募集はこちら
  • M男性会員募集はこちら