自己分析って大事なのですが、紐解いていけばいくほど、スッキリしないものです。

基本的に、自分は誰から見てもまともで清楚に見えていて欲しくて、下ネタも口にするどころか実際苦手で、本来の自分も清廉潔白・・・何も嘘がないといいのですが、その反面、自分の変態的な妄想はちょっとしたことで沸いてくるし、被虐願望も、もしかしたらそれ自体が時々表に出ているかもしれなくて・・・知らない人に声を掛けられたり、何かされることも少なくなく、なぜか私の方が謝って逃げ出して、後になって「何で私の方が謝ったんだ。」と反省して・・・泣きたくなることもあります。

妄想なら良い。現実では拒絶。

世間には、自分の性分はひた隠しにして生きていますので、お付き合いする上ではけっこう何を考えているのか、欲しているのかが分かりづらい、面倒くさいタイプなのかもしれません。学生の頃は思春期のせいかと思っていたけれど、これが自分の性分だと気付かされる心当たりもありますが、そんな汚ならしい自分が嫌い。

そういう意味で、ノーマルな女性よりも、下品なものは口にするのも憚られるし、ガールズトークでそうした「アダルト」な話題になっても、上手く乗れなくて「純情な子」と言われるのも大人として、逆に気を遣わせて悪いなぁと思うし、私の話はズレている気がするからやっぱり言えない。とにかく文に起こそうとすればするほど、矛盾だらけになるのです。

隠れM女性にとっての生きる道

隠れM女性にとって、生きる道は2通りあるのだと思います。

「向き合う人生と、向き合わない人生。」

今の私はそのどちらになったとしても、まず、如何なるときも連れ添っていけるような人生のパートナーを求めていて、これは譲れない条件です。よくある「性格の不一致」に直面することがあったとしても、それでも主人のやることならば、腹を括れると思えるような、尊敬出来る相手と一緒になりたいのです。物事の捉え方や、価値観、ふたりの距離の取り方が、根本的に似ている人なのかなとなんとなく予想しています。

ただ、欲を言えば、ひた隠しにしてきた性分までをも、さらけ出すことを許可していただけるような寛大な方が現れたなら、矛盾だらけの私を導いていただき、変えていただけるとこの上ない幸せで、「ようやく出逢えた」と思えるだろうし、身も心も投じて尽くさせていただきたいと思っています。

そうした特別なご縁が廻ってくるには、私の努力や運も味方につける必要があるでしょうが、「否定したい自分」もまた本当の自分であることには変わらないですし、無理はせずに、まっとうに今の自分らしく生きていこうと思います。

憧れは憧れのままに留めておいた方が、リスクはないですし、読み物や画、先輩方のブログを拝見して満足を得るような、傍観者側でいること・・・これも生き方です。実はそうやって生きている方が多いのかもしれません。自暴自棄になって、無理をするのだけは後悔では済まないので、何も恥じ入ることのない、分別のある大人の選択だと思います。

M性というのは、「誰でもいいんでしょ。」と誤解を生みやすい立場

「私、ドMです。」と、待ち合わせに向かうのは、いつまでたっても慣れないものですが、自分の性を認め行動できる機会が得られるだけでもありがたいことです。「トビラの会」以外での能動的なSM活は、私にとってはリスクが高過ぎますし、あり得ませんでした。

M性というのは、「誰でもいいんでしょ。」と誤解を生みやすい立場なのかもしれないので、最終的に信頼関係を築けるパートナー成立を目指す、「トビラの会」は唯一、頼りになる存在です。
結果的に、選ばれるかどうかはわかりませんが、紳士的な男性とのデートを純粋に楽しみ、自分磨きも怠らず、今しかやれない時間を大切にしていきたいと思います。