月日が経つのが、ものすごく早く感じます。歳を取るにつれ、命の灯火が消えるまでの速度感が速くなってきています。私はこの限られた時間を使って何をすべきなのかということについて、常々考えてきましたが、様々な「もの」や「こと」や「人」に関わることで、徐々に明確になってきています。

私達は何のために生きているのでしょうか?

それは「幸せになるため」ですが、ではその「幸せ」とは何か・・・となると人それぞれだと思います。

面白い仕事を追求すること、事業を拡大すること、家族と旅行にいくこと、成長を楽しむこと、経済基盤を確立すること、友人とバーベキューをすること、旅行に行くこと、SMパートナーを見つけていろいろなプレイを楽しむこと、強烈な快楽を経験すること、車を買うこと等、様々な「こと」があると思います。

非日常における変態性の実現は、「幸せになる」ための様々な「こと」の一つにすぎません。

ご自身が思いつくすべての欲求を、無理に実現する必要はありませんが、すべて実現しても良いのではないでしょうか。

「幸せになる」のではなく、「幸せに生きる」という方が、より現実に即した言い方かもしれません。目の前にある「幸せに生きるためのきっかけ」をつかみ、そして「幸せ」をつかみ取る。この繰り返しこそが「人生」だと思います。

ただ、私たちは、心臓の鼓動が止まるまでの限られた時間を生きています。つまり、時間的な制限があるのです。だからこそ、幸せに生きながらも、何かを残したいとか何かを達成したいと、繰り返し思うものです。

それは自然に出てくる、人のDNAに刻まれた本能的で無限の欲求だと思います。その無限の欲求は無限であるがゆえに潰えることはありません。何かを残してもまた別の何かを残したい、何かを達成してもまた別の何かを達成したい・・・そう思うのが人です。

欲求の無限ループの中で生きるのであれば、「私は仕事をしながら死にたい」・・・そう思うようになりました。ですので、「仕事をしながら死ぬ」ためには今をどう生きるべきかと考えてしまいます。

私のその夢を実現するためには、70歳や80歳になっても仕事ができる環境を作る必要があります。そのための布石を今から打っておくという「人生戦術」が必要になります。

今年も、多くの出会いをプロデュースさせていただきました。その中で、パートナーが見つかった方、恋人が見つかった方、ご結婚された方などたくさんおられます。そういった人生の次のステージのために、多くの「ちょっとしたきっかけ」を作ることができました。一方で、なかなかパートナーが見つからない方もいらっしゃいました。

次のステージに行ける方と行けない方の違いは何かについて、今年も常々考えてきた気がします。

「きっかけ」→「お友達関係」→「パートナーや恋人関係」という流れを経て、SM行為を実現できます。

「きっかけ」というチャンスを生かせない方もいらっしゃいますし、お友達になったのに「適切な距離感」に課題が出てしまう方もいらっしゃいます。SM的な関係まで至ったのに、微妙な価値観の差異や「慣れ」による自分本位的な態度で継続できずにお別れになるという方もいらっしゃいます。

上記のような「交際すること」までの「流れ」と「成功ポイント」について言及しているのがメルマガです。2016年半ばから発刊しつづけて約1年半となりました。ご購読者の数は秘密ですが、相当に増えております。メルマガを読んで「同じこと」をしない方もいれば、読んでも結局、よくありがちな「人の癖」を優先させてしまう方もいらっしゃいます。そもそもメルマガを読まずに、失敗事例として指摘している「典型的で古典的な態度」をとられ、パートナーを得られない方もいらっしゃいます。

「欲求」に従い過ぎれば、それは「自分勝手」という側面が如実に態度に表れますし、「愛」がなければ「自分勝手さ」に妥協はできません。「知性」がなければ「自分勝手である」という客観視ができません。

その意味で、モテる男性や女性というのは「自分本位性や自分勝手の度合い」をどの程度に収めるのかということを判断できる人になります。

その時と場に適した「度合い」を理解し、適切な態様をされる方が出会いに成功しますし、素敵なパートナーを得られるのです。

成功要素は多種多様で様々ありますが、その中の一つである「知性」という要素を深く掘り下げても、様々なものが見えてきます。会話がうまくできないというのでは、言葉通りですが「話になりません」し、態度が場に適していないのであれば、その場から浮いてしまって相手に違和感を与えることになります。

様々な出会いの事例に触れて、私は人そのものに興味を持つようになりました。そもそも「人」とは何故存在するのか、どんな本能的な癖があるのか・・・当然何らかの「心や体の問題」から生じる思考パターンもあります。また現在の心や体を形成してきた、過去の経験の問題もあります。

「人の思考方法」と「表面に現れる態度」の関係性について解明する事に、とても興味があります。

心の問題に関して、カテゴライズして解説しているさまざまなテキストがあります。しかし、分析の元となる「人の行動」の目的が一定ではなく、また時代背景等の社会学的アプローチの欠如が様々な解釈を生み出し、特に私たちが課題としている異性関係の問題解決のためにその理論を代用することがなかなかできません。私自身の知的レベルの低さの問題かもしれませんが、様々な書籍を読んでもピンとこないという解説が多いのです。

私が、人の行動と態様を分析する目的は、異性関係を最適化させるための体系化された方法論の構築です。そのために、最適な態度(服装や行動や会話や距離感)とは何か、逆に最適ではない態度とは何か、それらの態度を表面化させる内面(心)とはどういうものか、その内面(心)を形成する経験とは何か・・・という課題を様々な事例を通じて要素を抽出する必要があるのです。

事象を分析して抽出した要因の公約数を、帰納的に「ある程度」まで分類し、体系化したいと考えています。「ある程度」と記載したのは、時代や思考の「はやり」によって「解」が変化してしまうことや、ツールの発展によっても「最適な解」が変化するためです。体系化された理論も常に陳腐化します。だからこそ永遠に解決しない課題でもありますし、永遠に研究できるテーマなのです。しかし、できるだけ今この瞬間における「解」を「最適」に近づけておきたいと考えています。

宇宙は何故存在するのかという問題と同じくらいにスケールが大きく、永遠のテーマだと考えています。時の流れは永遠に続き、時の流れとともに時代は変化します。一方で、人の心は無限に広がっていますし、心の果てを見つけることは不可能です。意識の限界もありません。宇宙と同じくらいにこの問題は広くて大きいものだと認識しています。

この大きな課題の解決に私の人生を捧げたいと思っています。解決しないテーマに人生を捧げるのです。

来年も、ワクワクする年になりそうです。最近では、このような人生論的な話題はメルマガにシフトしていますが、月に一度くらいは、「人」「時」「幸せ」等・・・についてのコラムを書きたいと思います。

皆さま。よいお年をお迎えください。